自宅から見える現場~独立への覚悟と手応え

 独立を決めた時、私はいわゆる”設計事務所”として独立するつもりはありませんでした。既に館林、邑楽郡にはたくさんの設計事務所があり、彼らと同じ事を始めたとしてもその一番後ろに付くだけ、現実問題としてそれで食っていけるとは毛頭考えておらず、何か違う切り口で始めたいという思いがありました。

 また、 無責任で単なる自己満足な設計者にはなりたくないと考えていました。”一部の”ではありますが、設計事務所の描く図面というのは施工者泣かせな事が割と多いものです。河本工業は施工者側であったため、実際にそう感じる事がありました。デザインばかりが先行し、納め方やその費用は施工者任せというのはよくある事(それが設計事務所の常識?なのかは判りません)。もちろん、そのデザインをどう納めてカタチにするかが施工者の力量、腕の見せ所であり、逆に”施工ありき”で考えてしまうと在り来たりのデザインとなってしまう事も理解出来ますが、それを差し置いても「これはないでしょう・・・」という設計、もしくは肝心な部分の書き込みが足りなかったり曖昧な設計図等が実際にあるものです。 酷い時にはお客さんも求めていないのに自分の意匠に固執しているケースも。往々にして、将来それによって生じる不具合に対応するのは施工者であり、不利益を被るのも施工者とお客さんなのです。

 そして、”自分で設計したものがカタチになる楽しさ”はもちろん自分にとって欠かせない要素ですが、ハウスメーカーの営業マン時代から学んできた”財産を売る責任の重さとやりがい”―――地元のお客さんに寄り添い、その住まいづくりに最初から最後まで、そしてその先まで責任を持って関わっていきたいという思いがありました。それには”設計”だけでは十分でなく、自分で営業して、もちろん設計もして、そして施工からアフターまで全て自分で行ってこそ成し得る事だと。

 そうして「2年半後に独立する」と決めた時、「自分に足りないものは何か」と考え、真っ先に浮かんだのが”現場”でした。

 ”現場”とは”施工管理の経験”のこと。ハウスメーカーにいる頃からやってきた”営業”としては一人前、河本工業へ来て以来、”設計・監理業務”も一通りやってきました。併せて、外構工事”だけ”とか、内装工事”だけ”といったちょっとした工事、金額にして数万円~500万円程度、工期にして1日~二週間程度の施工管理ならやった事がありましたが、住宅の新築工事丸々一棟の施工管理経験が私にはありませんでした。そこで、河本工業にいる間に営業~設計、そして一棟で良いから施工管理までの全てを自分で行おうと考えたのです。もちろん、今後独立してやっていくために施工管理は必要不可欠な要素ではありましたが、それだけでなく、”現場をやった事が無い”というのは”設計者”としての自分のウィークポイントでもありました。何か変わった意匠の図面を描くと「所詮鎌田は現場を知らないから・・・」と言われているのではないかと。

 そんな考えを持ちながら、河本工業の社員として通常通りに仕事をするなか、絶好のお客さんに恵まれます。インターネットからの問い合わせが接点で、土地から探しているお客さん。何度かお話するうちに偶然にも、私の自宅から見える土地を売りたいという地主さんが現れ、その土地を紹介すると気に入っていただき購入する事に。自分の住んでいる地域なので自信を持ってお薦めした事もありますが、「鎌田さんが近くにいるし安心だから」と言って頂き感激した事をよく覚えています。そのお客さんからしたら、ちょっとしたお世辞だったのかも知れませんが、私は覚悟を決めました。逃げも隠れもしない(出来ない)、このお客さんの住まいについて、何があっても一生面倒を見て行こうと。また、”自宅から見える”こともあり、俄然、設計にも力が入りました。お客さんの要望をカタチにしながらも自分のコンセプト、アイデンティティーをフィーチャーし、これまでにやった事の無い新しい意匠も盛り込んだ設計が完了。そして「自宅から近いし、一棟だけだから」、「もちろん他の仕事もしっかりやる」と会社の了承を得て、施工管理も自分で行うことになりました。”独立してやったいくため”というのはもちろんですが、ご近所の人たちに自分の仕事を、そして愛する我が子に、今後人生を賭ける事になる父の仕事を間近で見せたいという思いもあったのでした。

自宅から見える所であっただけに、週末には我が子を連れて行き、父の仕事を間近で見せる事が出来た。

 

 それまでに、”監理業務”(設計通りに出来ているかどうかの監理)の一環としてはもちろん、まめに自分の設計した物件の現場には足を運んでおり、多くの職人さんたちとは顔馴染みであったし、施工担当者(現場監督)がどんな事をしているかは見ていました。そのため、新しい意匠の面を含め、”ある程度は出来るだろう”という自信はありました。一方、それまでに大した経験の無かった仮設工事を含む各業者や資材発注の段取り、お金の管理、工程の管理、安全の管理、そしてそれらの施工管理業務を行いながら、本来の営業・設計の仕事もきちんとこなせるのかが焦点でした。人の命に係わ”安全”を疎かにするわけにはいかないし、必要な”利益”も確保しなければなりません。しかしその施工管理だけで精一杯なようでは、”建築事務所”という理想のカタチでは独立してもやっていけないと。

 ある程度の自信はあったものの、着工前はやはり不安の方が大きかったものです。しかしそこは施工のプロ・河本工業。私は頼れる上司と先輩に恵まれていました。仮設計画や建て方(上棟)の段取り等、自分なりに考えた計画をもって相談すると、自分ひとりでは絶対に思いつかなかったであろうたくさんの方法をアドバイスしてくれました。それら素直に聞き入れ、さらに自分なりの創意工夫を盛り込み、一つの計画として練り上げて、いざ着工へと向かったのでした。

 着工当初の地盤改良やコンクリート打設等、特に大きな重機が入ってくると、近隣への影響等気が気でならず、少なからず”怖い”とか”ビビる”という感覚があったものですが、事前に練った計画を忠実に実践する事で現場は順調に進捗していきます。次第に次の工程が”楽しみ”になってきたものです。逆に、誰にも相談せずに一人で始めていたら・・・と考えるとゾッとします。”段取り八分”とはいいますが、現場における計画や段取りが如何に大切であるかを実感しました。これは今まで経験の無かった”現場”を自らこなす事で得られた大きな収穫でした。そして、雑草一つ許さない現場美化対策やICTを活用した現場の見える化等、自分なりの創意工夫も功を奏し、職人さんからも、会社の安全パトロール隊からも「一番綺麗な現場だ」とお褒めの言葉を頂ける、他の見本となり得るような現場となったのでした。

雑草一つ許さない、徹底した現場美化を実践した

 

 その他、”現場は生き物”、まさに”今”やらなくてはならない、という事を体験します。それまでに監理業務として行っていた内容と重複する部分もありましたが、いざ自分が施工担当者となると、それ以上に細かく気を配らなければならない部分がたくさんありました。何か問題が発生すれば”すべて自分の責任”というプレッシャーを感じながら。往々にして”欠陥”とは、そういう細かい部分、完成したら見えない部分で発生するものです。お客さんのため、その品質を担保するのはもちろんですが、”自分を守る”ためにも必要な事でした。 配筋や金物類、の各種検査や写真管理はそのタイミングを逃したら終わり、その部分は見えない部分になってしまいます。 解ってはいましたが、いざそれを自分でやる、となるとかなり面倒だなと思う事もありました。しかしそこは”我慢強い”私。最終的には3,000枚を超える写真とともに、徹底的にやり抜きました。それまでに経験の無かった施工管理ですが、当初の不安をよそに、思っていたよりも”自分は現場が出来る”という手応えを得る事が出来たのでした。

 それとあと二つ、”自分の意匠がどこまで現場で通用するか”、と”施工管理を行いながら営業や設計の仕事がどこまでこなせるか”という課題を自分なりに課していました。”自分の意匠~”については前述の”無責任な設計”と「所詮鎌田は現場を知らないから・・・」を払拭するため。”施工管理を行いながら~”は理想の形で独立してやっていくため。

 自分のアイデンティティであった意匠はもちろん、それまで試した事の無い新しい意匠も設計に取り込んでいました。それまでは施工担当者が知恵を絞って納めてくれていたものですが、今回は自分で考えて納めなくてはなりません。この現場に関わった職人さん達はみな優秀な人達でしたが、それを生かすも殺すも自分次第。特に大工さんに知恵を借りながら、それまでろくに描いた事の無かった施工図をたくさん描きました。すると大工さんはその施工図通りに造ってくれるのです。ここで改めて感じたのが”自分で描いたものがカタチになる楽しさ”。時には私自身も職人さんと一緒に、夢中になって造った部分もありました。そうして、”自分の思いつく意匠は必ず現場でカタチに出来る”という自信を得ると共に、「やっぱり自分はこの仕事が好きだ」と再確認するのでした。

たくさん描いた施工図の一部。改めて”自分で描いたものがカタチになる楽しさ”を感じると共に、これから勝負していくための財産に。

 

 また、初めての施工管理の貴重な経験の場と位置付けていた事もあり、意図して必要以上に現場にいる時間が長い事もありましたが、それまで通り営業・設計の仕事も並行してこなし、年間通して最終的には例年通りの受注を計上する事が出来ました。

 この現場を通して様々な手応えを得て、いよいよ独立する旨をお世話になっていた上司に告げるのでした。

自宅から見える場所で文字通り入り浸り、初めて施工管理まで自分で行った、一生忘れない思い出と自分のアイデンティティの詰まった特別な一棟『方形屋根の家Ⅱ』。お引渡しの日に青空のもと撮れた最後の一枚。

 

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